タロット(特にマルセイユ版の原型)は本来、**占いのための道具ではなく「カードゲーム用の遊具」**として誕生しました。
あなたが関心をお持ちの15世紀イタリアや17世紀・18世紀のフランスという時代背景と照らし合わせると、その歴史はより鮮明に見えてきます。
タロットの本来の姿:トランプの親戚
タロットは15世紀中頃、ルネサンス期の北イタリア(ミラノやフェラーラなど)で誕生しました。当時は**「タロッキ(Tarocchi)」と呼ばれ、貴族の間で流行したトリックテイキング・ゲーム**(現在のブリッジやホイストに近いゲーム)に使われていました。
構成の理由: 現在のタロットにある「大アルカナ(22枚)」は、もともとはゲームを有利に進めるための**「切り札(Trionfi)」**として追加されたものでした。
絵柄の正体: 描かれている「皇帝」「教皇」「死神」などの図像は、当時のヨーロッパ社会における**「人生の教訓」や「社会階級」を並べた寓話的なパレード**のようなものでした。神秘的な意味を隠していたわけではなく、当時の人なら誰でも知っている「共通認識」が描かれていたのです。
「マルセイユ版」は大量生産されたゲーム盤
17世紀から18世紀(バロック時代から古典派の頃)にかけて、タロットはフランスのマルセイユなどで木版画による大量生産が始まりました。これが現在私たちが「マルセイユタロット」と呼んでいるもののルーツです。
この時代のマルセイユ版も、あくまで**「庶民が酒場で遊ぶためのゲームカード」**でした。そのため、小アルカナ(数札)の絵柄が簡素なのは、占いの意味を込める必要がなく、単に数字とスート(マーク)が分かれば十分だったからです。
いつ、なぜ「占い」になったのか?
タロットが神秘的なものと結びついたのは、実は18世紀末、フランス革命前夜のパリでした。
知識人の「再発見」 (1780年代):
エジプト思想などに傾倒していた学者アントワーヌ・クール・ド・ジェブランらが、酒場で遊ばれていたタロットを見て、「これは古代エジプトの知恵が隠された秘密の書物に違いない!」と**(歴史的根拠なく)主張**し始めました。
プロの占い師の登場:
その後、エテイヤ(Etteilla)という人物が、初めてタロットに「占術的な意味」を割り振り、占い専用のデッキを出版しました。
カバラ等との合体 (19世紀〜):
前回お話しした「カバラ」や「生命の樹」といった神秘思想とタロットが本格的に結びつくのは、さらに後の19世紀、エリファス・レヴィなどの魔術研究家たちが理論化してからです。
現代の視点:ゲームか、占いか
現在でもフランスやイタリアの一部地域では、タロットは**「フランス・タロット(Jeu de Tarot)」**という名前で、囲碁や将棋のように純粋なゲームとして親しまれています。
補足: > あなたが以前興味を持たれていた、15世紀のイタリアやスペインの作曲家たちが活躍していた宮廷でも、彼らは音楽を奏でる傍ら、こうしたタロッキ・カードで遊んでいたかもしれませんね。
マルセイユタロットを学ぶ際に、こうした「もともとはゲームだった」という視点を持つと、絵柄を「おどろおどろしい予言」としてではなく、**「当時の風刺画や寓話」**として客観的に観察できる面白さがあります。
本来のタロットゲームは、現在でもフランスやイタリアで**「テュロック(Taroc)」や「フランス・タロット(Jeu de Tarot)」**として愛されている、非常に戦略的で奥の深いゲームです。
基本的には、ブリッジやハーツ、ナポレオンなどと同じ**「トリックテイキング・ゲーム」**というジャンルに属します。
1. タロットゲームの基本構造
ゲームとして遊ぶ場合、カードの役割は非常に明確です。
小アルカナ(56枚): 4つの「スート(マーク)」を持つ、いわゆるトランプの役割です。
大アルカナ(21枚 ※21番〜1番): 最も強い**「切り札(Trump)」**です。数字が大きいほど強く、どのスートに対しても勝てます。
愚者(Le Mat): **「言い訳(Excuse)」**と呼ばれます。基本的には「どの場面でも出せるが、勝つことも負けることもない」特殊なカードです。
2. ゲームの流れ(ざっくり解説)
一般的には3〜4人で遊びます。
配札: 78枚すべてを配りきります(数枚「犬」と呼ばれる場札を残すルールもあります)。
宣言(セリ): 手札を見て、「自分が主攻(ソロ)になって勝てるか」を宣言します。一番高い条件を出した人が主役となり、残りのプレイヤーは対抗チームになります。
プレイ(トリック):
最初の人が出したカードと同じスートを、他の人も出さなければなりません(マストフォロー)。
もしそのスートがなければ、**「大アルカナ(切り札)」**を出してその場を奪うことができます。
全員が1枚ずつ出し、一番強いカードを出した人がその場のカード(トリック)をすべて獲得します。
得点計算: 最終的に「どのカードを奪い取ったか」で点数を競います。
面白いのは、**「1番(魔術師)」「21番(世界)」「愚者」**の3枚が「ハーツ」でいう高得点札のような役割を持ち、これを獲得することが勝利の鍵となります。
3. 文化的な側面:遊びとしてのタロット
ルネサンスからバロック期にかけて、タロットは単なるギャンブル以上の「教養ある遊び」でもありました。
タロッキ・アプロプリアーティ(Tarocchi Appropriati)
16世紀のイタリアの宮廷で流行した遊びです。
引いたタロットの絵柄(例:「力」や「隠者」)に合わせて、その場にいる人々の性格を褒めちぎったり、皮肉を込めた詩を作って発表したりしました。
当時の文化人にとって、タロットの図像は**「共通の教養(メタファー)」**として機能しており、音楽や文学と同じようにコミュニケーションのツールだったのです。
「死神」や「悪魔」もただの数字
占いだと身構えてしまう「死神」や「塔」といった不吉なカードも、ゲームとしては**「ただの強い数字(13番や15番の切り札)」**に過ぎません。当時の人々は、これらの恐ろしい絵柄を一種のブラックユーモアや「人生の浮き沈み」として、楽しみながらプレイしていました。
4. 音楽ファンとしての視点
バロック音楽がお好きな方なら、フランスの作曲家フランソワ・クープランなどの時代を想像してみてください。当時の貴族のサロンでは、チェンバロの演奏を楽しむ傍ら、隣のテーブルではこのタロットゲームに興じている光景が日常でした。
「占い」という神秘的なベールを剥ぎ取ると、当時の人々がどのようにこの絵柄を消費し、楽しんでいたのかという**「生活の息吹」**が感じられて非常に面白いです。
タロットの「遊戯としての側面」と「図像に込められた中世・ルネサンスの風刺」について、それぞれ詳しく解説します。
1. 現代でも遊ばれる「フランス・タロット」のルール
現代のフランス・タロット(Jeu de Tarot)は、ブリッジのような「点取りゲーム」です。非常に戦略性が高く、フランスでは今でも社交の場で親しまれています。
基本構成と役割
プレイヤー: 一般的に4人(3人や5人でも可)。
ウードレル (Oudlers): 最も重要な3枚のカード。
21番(世界)、1番(魔術師/ル・プティ)、愚者(レ・クーズ)。
これらを最後に何枚持っているかで、勝利に必要な目標点数が変わります。
切り札 (Atout): 1〜21の大アルカナ。数字が大きいほど強いです。
スート: 剣・棒・杯・金貨。各スートには「キング・クイーン・騎士(キャバリエ)・ジャック」の4枚の絵札があります。
ゲームの流れ
競り (Auction): 手札を見て、自分が「主攻(デクレアラー)」になり、1人で残りの3人(守備側)と戦うかどうかを決めます。
プレイ: 最初の人が出したスートと同じものを出さなければなりません(マストフォロー)。持っていない場合は「切り札」を出します。
得点計算: 1トリックごとにカードを回収し、最後に点数を合計します。
ここが面白い:勝利条件の変動
主攻が勝つために必要な点数は、獲得した「ウードレル(重要3枚)」の数で決まります。
3枚持っている場合:36点取れば勝ち
2枚持っている場合:41点取れば勝ち
1枚持っている場合:51点取れば勝ち
0枚の場合:56点必要
**「1番(ル・プティ)」**は最も弱い切り札ですが、最後まで守り抜いて勝つ(最後に1番でトリックを取る)と、ボーナス点が入るという熱いルールがあります。
2. マルセイユ版の図像が風刺していたもの
マルセイユタロットの絵柄は、当時のヨーロッパ社会の階級や道徳観を強烈に反映しています。
「女教皇(La Papesse)」:教会のスキャンダル
カトリック教会において女性の教皇は存在しません。これは中世の伝説「女教皇ヨハンナ(男装して教皇になった女性)」をモチーフにしており、当時の教会の腐敗や、あり得ないことへの皮肉が込められていました。
「教皇(Le Pape)」と「皇帝(L'Empereur)」:権力の二重構造
当時の人々にとっての「世界の支配者」です。精神世界のトップ(教皇)と俗世のトップ(皇帝)が並んでいるのは、当時の二大権力体制をそのままカタログ化したものです。
「塔(La Maison Dieu)」:神の家からの転落
フランス語で「神の家」と呼ばれますが、描かれているのは塔に雷が落ちて人が真っ逆さまに落ちる図です。これはバベルの塔の寓話であり、**「慢心する金持ちや権力者は必ず神の怒りに触れて没落する」**という庶民の溜飲を下げる風刺でした。
「死神(13番)」:死の前の平等
マルセイユ版では名前が書かれていないことが多いカードです。王冠を被った首が地面に転がっている様子が描かれます。これは「死の舞踏」という中世以来のテーマで、**「王様も乞食も、死の前では平等に骸骨になるのだ」**という強烈な社会風刺です。
「愚者(Le Mat)」:社会の外側にいる者
唯一番号がない(あるいは0番)のカードです。社会の階級制度からドロップアウトした放浪者や、王宮で唯一王に毒づくことが許された「宮廷道化師」を象徴しています。**「正気の世界(社会)を笑う狂気」**という役割を持っていました。
まとめ
マルセイユタロットは、現代の私たちが思うような「おどろおどろしい予言の書」というよりは、**「当時の社会の仕組みや道徳、皮肉を22枚のイラストにまとめた、持ち運び可能な百科事典」**のような存在だったと言えます。
だからこそ、バロック音楽の旋律が当時の宮廷や教会の空気感を反映しているのと同じように、マルセイユタロットの絵柄も、当時の人々のリアルな死生観やユーモアを反映しているのです。
マルセイユタロットの小アルカナにある4つのマーク(スート)は、単なる記号ではなく、中世からルネサンス期にかけての**「封建社会の4つの階級」**を象徴しています。
当時の人々にとって、この4枚のカードセットは「社会の縮図」そのものでした。
4つのスートと社会階級の対応表
| スート(仏語) | シンボル | 象徴する階級 | 現代のトランプ |
| 剣 (Épée / エペ) | 武器 | 貴族・騎士 (武力・統治) | スペード |
| 聖杯 (Coupe / クープ) | 儀式用の杯 | 聖職者 (信仰・精神) | ハート |
| 金貨 (Denier / ドニエ) | 通貨 | 商人・ブルジョワ (経済・財産) | ダイヤ |
| 棍棒 (Bâton / バトン) | 杖・農具 | 農民・労働者 (労働・活力) | クラブ |
各スートの背景にある意味
1. 剣 (Swords) :貴族・騎士階級
剣は「騎士道」や「権力」の象徴です。当時は身分によって持てる武器が制限されており、剣を持つことは特権階級の証でした。
意味: 決断、勇気、闘争、あるいは法による支配。
当時の感覚: 「私たちを守り、あるいは支配する人々」という視点です。
2. 聖杯 (Cups) :聖職者階級
教会のミサで使われる聖杯(チャリス)を指します。中世ヨーロッパにおいて、教会は社会の精神的な中心でした。
意味: 愛、感情、慈悲、精神的な豊かさ。
当時の感覚: 「私たちの魂を導き、神との仲介をする人々」を象徴しています。
3. 金貨 (Deniers) :商人・銀行家階級
ルネサンス期、地中海貿易などを通じて急速に力をつけた商人の象徴です。マルセイユは港町だったので、この「お金」の動きには非常に敏感な土地柄でした。
意味: 物質的な豊かさ、現実的な成果、商売。
当時の感覚: 「世の中を回し、実利をもたらす人々」を表しています。
4. 棍棒 (Batons) :農民・労働者階級
「バトン」は、農民が使う杖や、重い荷物を担ぐための棒、あるいは仕事道具を象徴しています。人口の圧倒的多数を占める「働く人々」です。
意味: 根源的なエネルギー、労働、成長、日々の糧。
当時の感覚: 「額に汗して大地を耕し、社会を底辺で支える人々」というイメージです。
なぜこの4つなのか?
この4つの区分は、当時のヨーロッパの**「三機能体系(祈る人、戦う人、働く人)」**という社会観に、「商人」という新しい勢力が加わった形を反映しています。
トランプの「スペード・ハート・ダイヤ・クラブ」も、実はこのタロットの4つの階級をさらに簡略化したものです。
スペード(剣の先端)
ハート(聖杯の形)
ダイヤ(金貨の形が四角いタイル状に変化)
クラブ(棍棒の断面、あるいは三つ葉のクローバー)
文化的な面白さ
マルセイユタロットを手に取るということは、**「当時の社会の全階級を自分の手の中に収める」**ということでもありました。
例えば、ゲームで「剣のキング」が「金貨の3」を負かすのは、社会秩序として「騎士(武力)が商人(経済)より優位にある」という当時の価値観をゲームのルールとしてなぞっているような側面もありました。
占いの文脈では、これらがさらに「四大元素(火・水・風・地)」と結びついていきますが、もともとはこうした非常に**「生々しい社会の区分」**から始まっていたのです。
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