2026年2月25日水曜日

スウェーリンクとファン・エイクの生まれたところ (Gemini)

 スウェーリンクやファン・エイクはオランダの作曲家なのかネーデルラントなのか。

---------- Gemini

音楽史の文脈、特にスウェーリンクやファン・エイクが活躍した16世紀〜17世紀の状況に照らし合わせると、答えは**「広義ではネーデルラントだが、厳密に分けるならスウェーリンクはホラント(オランダ)、ファン・エイクはそうではない」**という非常に興味深い結果になります。

当時の政治状況と、彼らの活動拠点を整理するとスッキリします。


1. スウェーリンク:アムステルダム(ホラント州)

ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンクは、生涯のほとんどをアムステルダムの旧教会(Oude Kerk)のオルガニストとして過ごしました。

  • 地域: アムステルダムは当時も今もホラント(Holland)州に属します。

  • 呼称: 彼は地理的にも「ホラントの作曲家」と呼んで間違いありません。また、当時独立を果たしつつあった「ネーデルラント連邦共和国」を代表する存在でもあるため、「ネーデルラントの作曲家」とも呼ばれます。

2. ファン・エイク:ユトレヒト(ユトレヒト州)

『笛の楽園』で知られるヤコブ・ファン・エイクは、ユトレヒトの教会の鐘楼守・オルガニストとして活動しました。

  • 地域: ユトレヒトは、ホラント州の隣にあるユトレヒト州です。

  • 呼称: 厳密な地理区分で言えば、彼は「ホラント(オランダ)の人」ではなく「ユトレヒトの人」です。そのため、彼を「オランダの作曲家」と呼ぶのは、現代の私たちが千葉県出身の人を「東京の人」と呼ぶようなズレが少しだけ生じます。

  • 適切な表現: 国全体を指す言葉として**「ネーデルラントの作曲家」**、あるいは当時の北部の独立勢力を指して「北部ネーデルラントの作曲家」と呼ぶのが最も正確です。


当時の「ネーデルラント」という枠組み

彼らが活躍した時代、現在のオランダ・ベルギー・ルクセンブルクを合わせた地域は**「低地諸国(ネーデルラント)」**と呼ばれていました。

  1. 北部(現在のオランダ): ネーデルラント連邦共和国として独立。プロテスタントが主流。

  2. 南部(現在のベルギーなど): スペイン領ネーデルラントとして残留。カトリックが主流。

スウェーリンクやファン・エイクは**「北部の、独立したネーデルラント」**の音楽家です。音楽史の用語として「フランドル楽派(南部中心)」と区別するために、彼らの世代や地域を指して「ネーデルラントの黄金時代」と呼ぶことも一般的です。


結論としてどう呼ぶべきか

  • 一般的な会話: 「オランダの作曲家」で十分通じます。

  • 専門的な文脈: 州の違い(ホラントかユトレヒトか)や、当時の国家の枠組みを意識して**「17世紀ネーデルラントの作曲家」**と呼ぶのが、より誠実でプロフェッショナルな響きになります。

ちなみに、スウェーリンクは「アムステルダムのオルガン作り(Orpheus of Amsterdam)」とも称されますが、ファン・エイクの『笛の楽園』を吹く際、その舞台となったユトレヒトの広場を想像すると、また違った風景が見えてくるかもしれません。


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