結論から言うと、シャンボニエール、ルイ・クープラン、ダングルベールのクラヴサン曲は、舞曲の名称を持っていても、彼らの時代にはすでに「踊るための音楽」からかなり離れていたと考えられている。
ただし、3人とも時代が異なるので事情は少しずつ違う。
シャンボニエールの場合
Jacques Champion de Chambonnières
シャンボニエールのアルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグなどは、まだ舞曲との結び付きが比較的強い。
17世紀前半のフランス宮廷では実際に舞踏文化が盛んであり、舞曲のリズムや性格もまだ比較的明瞭である。
しかし彼のクラヴサン曲集(1670年刊行)を見ると、
装飾が非常に多い
反復ごとに変奏的な処理がある
音楽的な表現が優先される
ため、実際の舞踏伴奏としては使いにくい。
つまり、
元々は踊りから生まれた音楽だが、クラヴサン独奏曲として鑑賞するための作品
になりつつある。
ルイ・クープランの場合
Louis Couperin
ルイ・クープランになるとさらに芸術音楽化が進む。
例えば彼のクーラントは、
リズムが複雑
フレーズ長が不規則
和声的な探求が豊か
であり、実際のダンサーが合わせるのはかなり難しい。
また有名な
プレリュード・ノン・ムジュレ
は当然ながら舞曲ではない。
ルイ・クープランの舞曲は、
舞踏の記憶を残した器楽作品
と呼ぶ方が実態に近い。
ダングルベールの場合
Jean-Henri d'Anglebert
ダングルベールの時代になると、ほぼ完全に「聴くための音楽」である。
彼の曲集(1689年)は、
極度に洗練された装飾法
リュート風ブリゼ
複雑な内声処理
を特徴とする。
例えばサラバンドは実際の舞曲よりはるかに遅く重厚で、
現代の舞踏研究家が見ても
これで踊るのはかなり困難
と言われることが多い。
ではなぜ舞曲名を残したのか
ここが重要である。
17世紀フランスでは舞曲名は単に「踊りの種類」ではなく、
アルマンド=落ち着いた序曲的性格
クーラント=流麗で高貴
サラバンド=荘重で情緒的
ジーグ=活発な終曲
という音楽的性格の記号になっていた。
現代で言えば、
ソナタ
ノクターン
ワルツ
という題名が必ずしも実用目的を意味しないのと似ている。
実際に踊られたものは何か
彼らの時代に実際に踊られていたのは、
宮廷舞踏会用の音楽
劇場音楽
バレエ・ド・クール
である。
特にJean-Baptiste Lullyの舞台作品に含まれる舞曲の方が、実際の舞踏との関係ははるかに強い。
クラヴサン曲集に載った舞曲は、
「踊るための舞曲」ではなく「舞曲様式による芸術音楽」
として理解するのが適切である。
したがって、シャンボニエールならまだ踊れる可能性があるが、ルイ・クープランではかなり怪しくなり、ダングルベールではほぼ鑑賞用と考えてよいのである。
0 件のコメント:
コメントを投稿